一昨年、芥川賞を受賞し、大きな話題を呼んだ小説「苦役列車」。作者、西村賢太自身を思わせる主人公、北町貫多は19歳の肉体労働者。バブル前夜の1980年代中盤、浮かれる日本の片隅で、ひねくれた青春を送る貫多の姿を、独特の文体で綴った本作は多くの熱狂的な支持者を集めた。
2012年、「苦役列車」は映画になる。主演は、森山未來。昨年、『モテキ』で現代を生きる男子のリアリティを見事に体現した彼が、屈折しまくり、でもどこか憎めない貫多の一筋縄ではいかない人間像を絶妙の緩急を織り交ぜて妙演する。メガホンをとるのは、『どんてん生活』から『マイ・バック・ページ』まで、青春のもやもやを唯一無二の映像で追いかけてきた山下敦弘監督。可笑しさと切なさ、爆発と静寂、焦燥とやるせなさなど、相反する感情や状態にさいなまれる若者の肖像を、瞬発力と熟成が同居した筆致で画面に定着させている。貫多が生まれて初めて友情らしきものを育む相手、同僚の日下部役に演技派、高良健吾。貫多が心を寄せる映画オリジナルのヒロイン、康子にAKB48の中心メンバー前田敦子。そして、マキタスポーツ、田口トモロヲら芸達者が脇を固める。瞬く間に過ぎ去っていくかえがえのない時間。個性的な主人公を通して見えてくるのは、誰の胸にも憶えのある普遍的な情景である。いま、ここに青春映画の真新しいスタンダードが誕生した。

1986年。19歳の北町貫多(森山未來)は、明日のない暮らしを送っていた。日雇い労働生活、なけなしの金はすぐに酒に消えてしまい、家賃の滞納はかさむばかり。いよいよ大家の眉毛もつり上がり、払うか、部屋を出るかの瀬戸際まで追いこまれていた。そんな貫多が職場で新入りの専門学生、日下部正二(高良健吾)と知り合う。中学卒業後は、ひたすら他人を避け、ひとりぼっちで過ごし、ただただ読書に没頭してきた貫多にとって日下部は、初めて「友達」と呼べるかもしれない存在になる。貫多には、かつてから恋い焦がれる女の子がいた。行きつけの古本屋で店番をしている桜井康子(前田敦子)。読書好きの康子は、貫多にとってまさに理想の存在。彼女への思いを日下部に話すと、適度に世慣れた日下部はうまく仲介して、晴れて貫多は康子と「友達」になる。でも「友達」って、何だろう――貫多は、自分の人生に突然降ってきた新しい出逢いに戸惑いながらも、19歳の男の子らしい日々を送るが・・・・・・。

1984年8月20日生まれ、兵庫県出身。5歳からダンスを始め、99年舞台「ボーイズ・タイム」でデビュー。映画『世界の中心で、愛をさけぶ』(04年)ではブルーリボン賞新人賞、日本アカデミー賞優秀助演男優賞・新人俳優賞を受賞し一躍注目を浴び、舞台・映画・TVドラマとジャンルを問わず活躍を続ける。主な出演映画は『リボルバー青い春』(03年)、『スクールデイズ』(05年)、『スマイル~聖夜の奇跡~』(07年)、『百万円と苦虫女』(08年)、『20世紀少年』シリーズ(08~09年)、『フィッシュストーリー』(09年)、『その街のこども 劇場版』(10年)、『モテキ』(11年)、『ALWAYS 三丁目の夕日‘64』『セイジ-陸の魚-』(12年)など。公開待機作に『北のカナリアたち』(12年11月)がある。

1987年11月12日生まれ、熊本県出身。『ハリヨの夏』(06年)で映画初出演。06年映画『M』で第19回東京国際映画祭「日本映画・ある視点」部門特別賞受賞以降、話題作で様々なキャラクターを好演。10年には『ソラニン』『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』『おにいちゃんのハナビ』などで第23回日刊スポーツ映画大賞・石原裕次郎新人賞を、11年にはNHK連続テレビ小説「おひさま」でヒロインの夫・和成役で 第36回エランドール賞新人賞・テレビガイド賞を受賞、また映画『軽蔑』にて第35回日本アカデミー賞新人俳優賞、第26回高崎映画祭最優秀主演男優賞を受賞。今後の公開作に『シグナル〜月曜日のルカ〜』(12年)、『千年の愉楽』(12年)、『横道世之介』(13年)がある。

1991年7月10日生まれ、千葉県出身。05年AKB48オープニングメンバーオーディションに合格。チームAメンバー。『あしたのわたしのつくり方』(07年)で女優デビュー。主な出演作にTVドラマ「スワンの馬鹿!~こづかい3万円の恋~」(07年KTV)、「栞と紙魚子の怪奇事件簿」(08年NTV)、「マジすか学園」(10年TX)、大河ドラマ「龍馬伝」(10年NHK)、「Q10」(10年NTV)、「花ざかりの君たちへ~イケメン☆パラダイス~2011」(11年CX)、「最高の人生の終り方~エンディングプランナー~」(12年TBS)。映画では『伝染歌』(07年)、『那須少年期』(08年)。『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』(11年)では映画初主演を務め、第35回日本アカデミー賞話題賞(俳優部門)、第21回日本映画批評家大賞新人賞(小森和子賞)を受賞。

1970年1月25日生まれ、山梨県出身。ミュージシャン、コラムニスト、芸人、ラジオパーソナリティ。いわゆるアーティストとしてのライブ活動、ゲーム音楽、映画音楽を手がけるミュージシャン活動と、お笑い芸人の活動も並行して行う、珍しいタイプのパフォーマー。また、独自の視点で、音楽評論、時事問題などを考察、論評するコラムニストでもある。10年東京スポーツ映画賞(ビートたけしのエンターテイメント賞)にて期待賞を受賞して以降、テレビ、ラジオ、映画に多数出演。主な映画出演作は『HAZAN』(04年)、『七人の弔』(05年)、『ヅラ刑事』(06年)、『アウトレイジ』(10年)など本作では挿入歌「俺はわるくない」の作詞・作曲・唄も担当。

1957年11月30日生まれ、東京都出身。78年「発見の会」で舞台デビュー。82年『俗物図鑑』で映画デビューし、『鉄男 TETSUO』(89年)の主演以降、多数の話題作に出演。主な映画出演作は『弾丸ランナー』(96年)、『うなぎ』(97年)、『幽閉者』(07年)、『少年メリケンサック』(09年)、『GANTZ』『GANTZ PERFECT ANSWER』、『軽蔑』『あぜ道のダンディ』『探偵はBARにいる』(11年)、『RIVER』(12年)、『その夜の侍』(12年秋)など。03年『アイデン&ティティ』では映画初監督。監督第二作目『色即ぜねれいしょん』(09年)では新藤兼人賞銀賞を受賞。

1976年8月29日生まれ、愛知県出身。高校在学中より自主映画制作を始める。95年大阪芸術大学に入学後、熊切和嘉監督と出会い『鬼畜大宴会』(97年)にスタッフとして参加。初の長編『どんてん生活』(99年)でゆうばり国際ファンタスティック映画祭オフシアター部門グランプリを受賞。長編2作目『ばかのハコ船』(02年)も独自のオリジナリティに溢れた世界観が各地の映画祭で絶賛された。初の35ミリ撮影による『リンダ リンダ リンダ』(05年)は、女子高生バンドの青春を瑞々しく描きロングランヒットを記録し、『天然コケッコー』(07年)では第32回報知映画賞監督賞、第62回毎日映画コンクール日本映画優秀賞をはじめ数々の賞に輝いた。

  • 1997年:『腐る女』
    1999年:『どんてん生活』
    2002年:『ばかのハコ船』
    2003年:『汁刑事』
    ※「最も危険な刑事まつり」の一篇
    2003年:『その男、狂棒に突き』
    2003年:『よっちゃん』
  • 2003年:『リアリズムの宿』
    2004年:『くりいむレモン』
    2005年:『リンダ リンダ リンダ』
    2007年:『ユメ十夜 第八夜』
    2007年:『松ヶ根乱射事件』
    2007年:『天然コケッコー』
    2011年:『マイ・バック・ページ』

1967年7月12日生まれ、東京都出身。中卒。07年『暗渠の宿』で野間文芸新人賞、11年『苦役列車』で芥川賞を受賞。著書に『どうで死ぬ身の一踊り』『二度はゆけぬ町の地図』『小銭を数える』『廃疾かかえて』『随筆集 一私小説書きの弁』『人もいない春』『寒灯』『随筆集 一日』等がある。

1965年10月6日生まれ、大阪府出身。横浜市立大学中退後、映画製作会社獅子プロダクションに入社。佐藤寿保、渡辺元嗣、瀬々敬久らの監督の助監督を務め、修行を積む。95年には神代辰巳監督の遺作にも助監督として参加。代表作に『彗星まち』『かえるのうた』『たまもの』(チョンジュ国際映画祭/フランクフルト映画祭出品)。11年にはカメラマンのクリストファー・ドイルとのコラボレーションで話題の『UNDERWATER LOVE-おんなの河童-』(日独合作映画/ニューヨークトライベッカ映画祭出品)が公開。ピンク映画を中心にオリジナル脚本を自ら監督することが多いが、脚本家としても多数、作品を提供している。

1970年6月9日生まれ、神奈川県出身。Bose、ANIと共に活動しているラップグループ・スチャダラパーのDJ担当。90年にアルバム「スチャダラ大作戦」でメジャーデビューし、94年に発表された小沢健二とのコラボシングル「今夜はブギー・バック」は大ヒットを記録。スチャダラパーの活動のほか、様々なアーティストのプロデュース、REMIX、テレビドラマへの楽曲提供など、幅広い活動を展開中。

2012年1月1日、志磨遼平(Vo)、丸山康太(Gu)、菅大智(Dr)の3人がドレスコーズ名義でステージに立つ。東高円寺U.F.O.CLUBのカウントダウン・パーティーで、出演は事前に発表されず、カバー曲を含む短い演奏であった。2月29日、山中治雄(Ba)が加入。3月12日、都内某所でレコーディング開始。4月1日、オフィシャルWebサイト公開。7月11日に初音源として、本作主題歌である1st Single「Trash」を日本コロムビアよりリリースする。

2011年1月、第144回芥川賞に輝いたのは西村賢太氏の私小説「苦役列車」。中卒、日雇い労働、風俗まみれの主人公・北町貫多の破天荒キャラは、西村氏の無頼な発言ともあいまって大きな話題を呼んだ。東映製作陣は映画化権獲得へと動き芥川賞授賞式に突入。西村賢太氏に直接オファーをかけ、その後、正式了承を得た。監督については若手監督の筆頭・山下敦弘監督、脚本はいまおかしんじ氏にオファー。この二人は知己ながら監督・脚本コンビとしては初顔合わせとなる。原作にないヒロイン・康子という女性像が脚本家の実体験を基に創られたものの、基本は原作に寄り添った線で改稿が重ねられていった。山下監督は、主役・貫多役には、抜群の身体能力と演技力を兼備した森山未來が向いている、この難しい役を森山くんと共に作りあげていきたい、と考えていた。一方『モテキ』が大ヒットしていた頃の森山はダメ男役が立て続く事に、出演をためらいがちであった(後日、役のために荒んだ生活を長期間、余儀なくされることへの迷いがあったと語っている)。だが山下監督と本編でしっかりタッグ(注1)を組みたいという兼ねてからの強い希望もあり、今回の出演に踏み切ったのである。
貫多の友達役・日下部正二は、高良健吾に決定。原作ではスポーツマンタイプだが、映画では感化を受けやすくお人好しな面もあり、それを重視した配役となった。高良健吾は過去に山下組のオーディションには出向いていたが、仕事をするのは今回が初。ローティーンの頃より山下作品に憧れていたという高良はこのオファーを喜んだ。山下監督によれば、かねてから普通で淡々とした役を高良健吾に当てはめてみたかったともいう。
貫多が恋する桜井康子のキャスティングについては、山下監督は、AKB48のセンターというスーパーアイドルでありながら、どこか影のある不思議さが康子とも重なると思っていた前田敦子にオファー。前田はブログにて山下ファンを公言し、また大の映画ファンでもある。森山、高良との化学反応も面白いかもしれない。多忙が予想されたが出演を快諾され、森山未來、高良健吾、前田敦子、という絶妙なアンサンブルが実現、2011年11月25日に無事クランクインした。

山下敦弘監督は当初、貫多をプチ・モンスターのように想定していた。森山未來とも事前に、そして撮影中も日々話し合い、貫多のキャラクターを探っていたが、その考えは次第に変化してゆく。森山とは「貫多が身近にいたら面倒くさいよね」との共通認識だったが撮影が進むにつれ貫多の行動は実のところ誰しもが何かしらもっている部分を「純粋に肥大化」したものではないか、とも考えるようになる。「むちゃくちゃ人間くさい奴だったって感じ」と山下はクランクアップ時に語っている。
森山は貫多を演じる上で、撮影期間中ずっと都内の風呂無し安宿に泊まり、煙草と酒と本しか楽しみのない貫多を体感してゆく。気づけば毎日コップ酒を常備するようになり、持ち道具からもたされた文庫本を撮影の合間によく読んでいた。
森山は、中卒以後、「友達」を遠ざけていた貫多を、野生動物が人と触れ合っていくように演じていく。「ターザンみたいなところがあるかも」と森山。そのある種の無垢さ=野生を表現する一方、小説家になりたいと思うインテリジェンスの部分にも注視。「貫多の偽悪的な言動には、あえてやっている部分もあるのではないか」という独自の解釈も加え、役を深めていった。

映画の時代設定は86年、89年。この昭和末期の東京を描くため、その頃の風情が残る場所を探し、ロケ及びロケセット撮影が行われた。当時はバブルの絶頂期。だが、貫多はバブルとは無縁の日雇い労働の日々。そのため舞台は工場の内外(芝浦、木更津)や風俗店のある街並(八王子、土浦)、四畳半風呂無しトイレ共同の安アパート(大泉、代田橋)などの場所が選択された。ロケとロケセットを組み合わせての撮影となったが、本格的なロケセットを組んだのは貫多が行くのぞき部屋。『マイ・バック・ページ』でも丁寧な仕事をしていた美術の安宅紀史チームが細部に至るまで徹底的にこだわってゆく。
康子がバイトしている古書店は、今なお昭和の名残のある高円寺アーケード内の都丸書店。撮影の11月27日、はじめて、森山、高良、前田の三名が揃って撮影に参加した。
それぞれ衣裳は、80年代の雰囲気を忠実に再現したもの。スタイリスト伊賀大介が当時の衣類をあらゆるところからかき集めた。貫多はファッションに無頓着だが、正二は当時オシャレとされていたナイロンパーカー。他のシーンでは紺ブレ、ブランド物のトレーナーなども用意された。ジーンズは貫多共々腰高に履きシャツはインするのが80年代風。前田はやや聖子ちゃんカットを意識したヘアスタイルで、服はかっちり系なシャツと膝下丈スカートに靴下とローファー。
三人が遊びに行くボーリング場は、赤羽に残る古いボーリング場。場内は禁煙だが、86年当時は喫煙可だったので、森山ほか、エキストラたちが煙草をひたすら吸っている。貫多の煙草はハイライト。デザインは今と変わらないが、「吸い過ぎに注意」という表示が当時はなかった為すべて当時のパッケージへと変更。
現在、映画はほとんどデジタル撮影で、フィルムで撮ることがまれになっている。だが、本作品は山下監督からの要望もあり、撮影はスーパー16(ミリ)によるフィルム撮影で行った。そして、その質感をそのままデータ上に取り込み最終的にはデジタル仕上げをするという技術が導入された。海外では『ブラック・スワン』『ブンミおじさんの森』などが同様の手法を使っている。その結果、画面からその時代感が濃厚に匂ってくる画質となった。

貫多と正二と康子が盛り上がって海に遊びに行くシーンは、小説にないオリジナル。設定は10月だが、撮影は12月。午前中の三浦海岸は気温8度。海辺で風も強く体感温度はさらに5度は下回る。三人とも衣服を脱ぎ下着姿で海に入らねばならない。俳優だけに寒い思いをさせてはなるまいと山下監督一同演出部も終始裸足で砂浜を走り回り、一緒に海に入った。
それでも、はしゃぐシーンなので、笑顔で果敢に海に入っていく三人。何度も入ったり出たりを繰り返し、そのたびにスタッフたちが毛布でくるんでは背中をさすりながらストーブの前で暖をとる。森山は思うように動かない肉体の不自由さから「初めて寒さに恐怖を覚えた」とも。

御徒町の大衆居酒屋・駒忠で、正二が彼女を交え貫多と飲むシーン。正二の声は彼女にいい顔をしようと通常より声がワントーン高くなっている。その別人ぶりがますます貫多を苛立たせるという微妙な空気感を、森山と高良がうまく出していた。彼女役を演じた中村朝佳も80年代によくいたサブカル好きの女子大生に衣裳込みでなりきり、貫多をして「このコネクレージーめが」と罵倒せしめる。この台詞がもっとも気に入っているとは森山の言。
ここでさすがの正二も貫多に愛想を尽かし、以後、二人の仲は険悪になる。ただ高良自身は「貫多をどうしても嫌いになれず突き放さなくてはいけないところでもどこか情が残ってしまった」とも言う。

「友達じゃダメ?」「友達なんかいらない」「じゃ、もう終わりだ・・・」
貫多と康子の別れのシーンは、向ヶ丘遊園のアパート前で盛大な雨降らしの中、行われた。脚本上では、康子は静かに貫多を拒否するように書かれていたが、現場で監督が、康子が貫多を平手打ちにするか、頭突きをするか、との二案を提示、三者で話し合った結果、普通じゃない方で、となり頭突きが採用された。雨に濡れるので一発勝負のシーン。3分40秒にわたる長廻しだったが、見事に頭突きが決まり非常に痛切なラブシーンが生まれた。
前田敦子は、山下映画を見て、その世界に憧れていたので、今回の現場ではひたすら監督に指示を仰ぎ、演出に寄り添い、山下映画の住人になるべく目に見えないところでも努力を重ねていた。山下監督推薦のロシア映画DVDボックス(注2)を忙しいさなかにも見て康子役の参考にしてみたり、下着で海に飛び込んだりとがんばっていた。その結果、彼女の演技はリアルで生々しいものとなり康子という一女性がスクリーンに見事に定着した。

貫多が、大ケガをした日雇いの先輩・高橋の見舞いに行き「俺、本が書きたいんですよ」と心情を吐露するシーンは、四谷のスナックDADAにて撮影。苛立つ高橋が、虚無的に夢を否定すればするほど貫多の思いは高まってゆく。ここに原作者の西村賢太氏が来訪した。
西村氏は「小説と映画は別物。山下監督に預けている」と語っていたが、ワンカットずつ撮影される現場に「これはたいへんな作業ですね」と感嘆。
やさぐれ感と歌声の美しさに大きなギャップのある高橋を演じたのはマキタスポーツ。西村氏はマキタスポーツの大ファンだという。「お会いできて感激です。高橋という役をすごく活かして頂いてありがとうございます」と喜ぶ。
森山には「貫多みたいなやっかいなヤツがいたらとてもつきあえない」と言ってくれて嬉しかったと西村氏。森山が「でも今は変に情が沸いてきて」と返すと「共感ですか? 憐憫ですか?」と訊ね「憐憫かな……」という答えに「それが正解だと思います」と笑った。

12月25日、クリスマス。時折、雪がちらつく厳しい寒さのなか、代田橋にある廃アパートで撮影。チンピラにボコボコにされた貫多が、裸で自宅に戻ってくる。その間、幻を見て、気づけばゴミの山の上に落ちていたというシーン。山下監督は貫多が上空から降ってくるイメージを思いつき、イントレ(撮影用の足場)からパンツ一丁の森山が落ちてくるところを撮影。落ちた拍子に布団が破れ、中から出てきた羽毛が森山の頭やカラダにつく。森山は、ボロボロの格好でアパートの自室に入り、文机に向かって原稿を書き始める。よく鍛えられた裸の背中をカメラが延々映し、絵はロールアウト(注3)に。ロールアウトは監督が貫多のこの行為が続いていく、という感じを出せないか、と思い試した、という。
すべての撮影が終わった時、森山は「これで爪が切れるな……」と、役作りで爪を伸ばしていたことを明かした。安宿暮らしで風呂に入る回数も減らし髪の毛がだんだん脂ぎっていくほど、森山は貫多と向き合っていたのだ。

本作にはさまざまな音楽が流れ全体に軽やかさとペーソスを醸し出している。マキタスポーツ演じる高橋がテレビで歌う曲は、彼がこの作品をイメージして作ったオリジナル曲『俺はわるくない』。映画音楽はスチャダラパーのSHINCOが担当。山下監督からの提案でTVドラマ『週刊真木よう子』(第4話「中野の友人」・08TX)以来のコラボとなった。80年代風のデジタルっぽい音を意識した軽妙かつトボケたタッチが原作の重さをうまい具合に殺ぎ、ポップな印象を漂わせる。とりわけ三度ほど使われる「線路は続くよどこまでも」(注4)のカバーは監督曰く、冒頭のシーンによく合うとのことで選ばれ、また最後の海のシーンでも展開されていく。エンディングに奏でられる主題歌「Trash」は志磨遼平率いるドレスコーズによるもの。毛皮のマリーズの解散後、彼が新たに結成したバンドである。志磨遼平らしい重量感のある楽曲が完成、ラストからエンディングを彩る青春ロックの名曲が生まれ、切り出しタイトルとも響き合い、映画を余韻とともに終わらせてくれている。