宮本元気機長(海保)の経歴|家族・子供・学校・階級などを徹底調査

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一般人

2024年1月2日18時前に羽田空港C滑走路で、新千歳発羽田行きのJAL516便が着陸時に海上保安庁の航空機と衝突・炎上する事故が発生しました。

現在(2024年1月3日9時頃)の最新情報では、JAL機の職員乗客合わせて計400人は無事脱出成功海保の航空機に乗っていた6人のうち5名の死亡が確認されています。年始の能登地震に続きショックな出来事が続きますね。

今回は海保航空機の乗組員で唯一生還した宮本元気機長について情報を調べてみました。※本ページの情報は現段階での最新情報であり、今後変更・修正の可能性があります。ご注意ください。

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宮本元気機長(海保)の経歴

宮本 元気(固定翼機:機長/主任飛行士)

私は、羽田航空基地で飛行機のパイロットとして勤務しています。

旅客機は、ほぼ同じ飛行経路を時間どおりに飛行しますが、海上保安庁の航空機は、様々な事案や状況に対し、臨機応変に対応しなければなりません。また、海上保安庁の航空機には、パイロットだけではなく、通信士や整備士などが乗組員として搭乗しており、機長(パイロット)は、それら乗組員を指揮しながら航空機を運航します。時にはそれらにプレッシャーを感じることもありますが、乗組員それぞれがプロとして役割を果たし、無事に任務を全うすることができた際は、チームとしての一体感と非常に大きな達成感を感じることができます。

海上保安大学校HPより引用

宮本元気機長は海上保安大学校第53期生・機長/主任飛行士として羽田空港基地の飛行機パイロットとして勤務をされていたようです。

海上保安大学HPのご本人が書いたとみられるメッセージからも、乗組員全員と力を合わせてプロとして仕事をされる責任感の強い方と見受けられます。

今回亡くなってしまった田原信幸副機長(41)、石田貴紀通信士(27)、帯刀航探索レーダー士(39)、宇野誠人整備士(47)、加藤重亮整備員(56)の計5名は海保にとっても我々国民にとっても、とても悔やまれる事故であったことは間違いありません。

掛け替えのない職員の命を失ってしまったことは痛恨の極みだ

2024年1月2日夜の会見 瀬口良夫次長(海保)

生還した宮本元気機長のご回復、今後のメンタルケア、周りの方々のケアが行き届いて行われることを願うばかりです。

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宮本元気機長(海保)の家族と子供

現段階ではご本人とみられるSNS等のアカウントは特定できておりません。よってご家族やお子さんの情報が今のところ無い状態になります。

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宮本元気機長(海保)の学校と階級

宮本元気機長が卒業した海上保安大学校とは、将来海上保安庁の幹部となる職員の養成と、国際海洋政策に関する研究を実施している学校です。

本科、専攻科、初任科を経てそれぞれの道に進み、能力や適性に応じて課長職や船長につけるプログラムがあるようです。宮本元気機長も年齢の若さから優秀な方であることが見受けられます。

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まとめ

2024年元旦から連日ショッキングなニュースが飛び込んで来ている状況です。今回の羽田空港の事故は全国民にとっても大きな損害のある事故になりました。宮本元気機長が生存されていることが不幸中の幸いと言えるでしょう。原因を究明し再発防止に務め改善して頂くとともに、我々も一人一人が気を引き締めて自分たちの仕事を進めていくことが求められますね。

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